mizunowa48
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3 研修部退職後昭和53年に尼崎市に帰りましたが、研修生からの相談事(私の技術の糧)は5~6年程続きましたが親身になって応対させてもらいました。尼崎市を定年退職後は、JS大阪支社に7年間勤務しました。研修で担当した職員も課長職になられている方が多く、温かみのあるご支援とご協力を得ながら業務に従事することが出来ましたことはありがたく思っております。JS退職後は下水道アドバイザーとしての業務依頼も多くなり、これまで17府県に出向いております。一昨年は35会場、昨年は14会場で講演しました。時には、担当した研修生がわざわざ会場に来てくれて、歓談を交わすこともあります。また、5年前からJS研修センターから講師依頼を受け、今年度は3回、戸田の地に足を運んでいます。研修生に接すると、かつての思い出が蘇り、講師というよりもクラブ活動での先輩・後輩の気持ちになり、「研修生との心の通い」を感じられるような雰囲気で楽しく講義をしています。研修生の気質も下水道の変遷と相まって「積極性のある攻めの気質」から「守備に徹した守りの気質」へと変化している傾向が見受けられます。下水道の戦国時代を生き抜いてきた私には積極性の点で少し物足りなさを感じます。また、平成24年には事業団設立40周年記念に当たり、外部功労者として受賞し感謝状をいただきました。下水道歴45年、今振り返って見ると研修部で蓄積した貯金(技術・人脈等)に研修生を介して利息が付き、この蓄財のお陰で私の下水道人生が未だに維持されていることを思うと、今日までお世話になった多くの方々に心から深く感謝を申し上げております。4 研修生へのメッセージ下水道はこれまで浸水の防除に始まり、生活環境の改善、水質汚濁防止、そして、最近では、処理水・汚泥の有価物としての再利用(汚泥からガスを精製してバスの燃料や都市ガスとして利用している都市もある)等、時代の要請に応えて変貌してきました。下水道はまるで生き物です。これからも昨今における地球環境の急変(特にゲリラ豪雨の状況等)を考えるとまだまだ活躍の場が広がって行く施設です。一方、高普及率の現状を鑑みると建設段階でのツケや利用者へのソフト面の対応不足等から経営に関わる課題(不明水等)もあります。下水道を生み、育て、見守ると言うことは、わが子を育てるが如く、「愛情を持った取組み」が必要不可欠です。そのためには大変な苦労が伴います。資金力、利用者の理解と協力(下水道の正しい利用と使用料など)、そして、担当者の技術力、誠意と熱意、如何なることにも屈しない強靭な精神力、粘り強い交渉力等が必要です。時には名医の役割、下水道の病める場所を早期に発見して早期に適切な処置をする。また、下水道工学の精神、即ち「技術を駆使して最低の費用で最大の効果をはかる」も忘れてはなりません。責任も重大ですが下水道はその愛情に必ずや応えてくれます。どうか我が町に「自慢の出来る下水道」、「住民の宝として愛される下水道」を構築し、この延命を図れるよう誠心誠意頑張ってもらいたいと願っています。第48号研修みずのわ(5)外部功労者表彰式にて(最前列右から2人目が筆者)

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