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第二十一回「外崎会とのざきかい」 秋田市竿燈祭会場で開催 太平山観光開発株式会社代表取締役社長 木内 鑛生 (元 秋田市総務部長) 「昭和56年度計画設計認可コース」の研修生の会「外崎会」を、昨年の8月6・7の両日、秋田市で開催しました。 外崎会は、その冠に頂く担当の外崎克久助教授と、北は北海道岩見沢市、南は鹿児島県加治木町から参加した29名の修了生による同窓の会です。 昭和の時代は、漸く下水道事業に着手、既に事業を開始して認可変更を予定、首長から集落排水事業の採択を求められているなど、各自治体での課題を持っての参加者が多く、授業は活発で、当時の建設省や東京都の教授陣に、舌鋒鋭く質問を浴びせたものでした。 夜の研修では、経験豊富な者と新人の間で、年齢は逆転していても、真剣な議論がなされ、その潤滑油は、地元から差し入れされるお酒や特産物でした。 昭和57年に熱海市で開催して以来、21回目の開催となりました。3年に2回の割で旧交を温めてきたことになります。現在の会員は、物故者2名、住所不明者3名、公務員退職者が20名、そして現役が5名(推定)になりました。 30年以上続いている当会の歴史的貴重な事実を、「研修みずのわ」に紹介する役目を、秋田市の木内が担うことになり、こうして拙文をしたためております。 それでは、秋田での2日間を紹介いたします。 秋田市東部にそびえる霊峰太平山、その山麓にリゾート公園があります。公園の主要施設「クアドームザ・ブーン」、ここが集合場所です。夜の竿燈祭りに備えて、午後4時の開宴となりました。 その後、竿燈会場に入り、桟敷席での見物は勇壮で、しかも臨場感あふれるものでした。 もちろんお酒と肴は万全で、終了を告げる笛の音に名残を惜しみつつ、屋台村に移動。日付が変わる頃に、リゾート公園内の「木こりの宿」に帰着。出で湯を堪能しながら、またお酒。 いつしか深い眠りにつきましたが、そこは全員退職者。朝も早くから、温泉三昧、グラウンド・ゴルフの手ほどきを受け、その後、一路男鹿半島へ。風光明媚な海岸線と日本海の白波を眺めながら、吉永小百合で有名になった「なまはげ館」を見学。なまはげと親しく会話し、土碕港で岩ガキを食し、3時に秋田駅で解散となりました。 都合21回、話題は研修時代のエピソード。二日酔いで授業中に退席、初日から時間に間に合わなかった夕食、夜の西川口駅周辺の散策など、他愛のないことばかりです。下水道の話は一握りも出ませんが、これも各都市での下水道普及率が100%近くになってる証左でしょうか。 出席者は、写真前列右より、三垣千秋(岡山市)、西田康夫(島原市)、印南洋造(宇都宮市)、木内鑛生(秋田市)、後列右より、中村幸次(宇都宮市)、鈴木輝夫(横浜市)、吉田健二(鎌倉市)、山口淳一(越谷市)、本郷朝次(あきる野市)、星雅美(魚沼市)、遅れて参加した澤井敏和(あきる野市)の11名でした。 次回は新潟県魚沼市(旧湯之谷村)の星雅美を幹事に任命しました。 終わりに、編集部から今後の研修への期待を求められました。秋田市役所に入所して、19年42歳まで、下水道部に在籍しました。その後の退職までの18年は、都市整備、商工、企画調整、総務と、一度も下水道に戻ることはありませんでした。19年間、下水道に長く深く携わって、市民に密着して得た経験と知識、そして人脈は下水道事業から離れた部署にあっても、大変役に立ちました。昨今は、同じ職場に長くいることを良しとしないようですが、一点を極めることもまた、幅広な知見習得に辿りつくことができることを、知って頂きたいと思います。 私の座右の銘、「上善如水」を紹介して結びとします。 (昭56『認可』受講) 第47号研修みずのわ(7)第二十一回「外とのざきかい崎会」 秋田市竿燈祭会場で開催太平山観光開発株式会社代表取締役社長木内 鑛生(元 秋田市総務部長)

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